福島浪漫街道

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2013年3月6日
by fukushimaff
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ホテルと家と店

風俗店と一言で言ってもいろいろな種類のお店があります。

ソープや、ヘルス、セクキャバ

さらにその中でも細分化されているのが日本の風俗店です。

世界の中でも、日本の風俗店の種類の豊富さは、もはやひとつのカルチャーとして認知されている程です。

今日はその中のひとつ

ヘルスについて語って行きたいと思います。

福島県でも、たくさんのヘルスがあります。

ヘルスには、デリバリーヘルス、ホテルヘルス、イメージヘルスなどこれまた種類がわかれています。

ヘルスでは、本番行為は禁止されています。
ただし、女の子と裸になっていちゃいちゃ・・・・ということはできるわけです。

そう十分に幸せになれる時間は用意されているわけです。

自宅に女の子を呼びたいひとは、デリバリーヘルスを。

家にまで、女の子が来てくれます。

でも自宅にはいろいろ事情があって呼べないという人もいるでしょう。

それから、出張で福島県に来ていて、福島県の女の子と遊びたいという人も。

そんな時でも大丈夫です。

デリバリーヘルスは、ホテルにも来てくれるのです。

類似した仕組みをもつお店に、ホテルヘルスがあります。

一見すると、ホテルにデリバリーヘルスの女の子が来てくれるようにも思えますが、
実は、お店で受付をして、ホテルへ向かい、また受付で会計をおこなうという仕組みのお店のこと。

お店によって、料金形態や、仕組みが多少異なるので、その都度の確認が必要なのは風俗で遊ぶ上での常識です。

お店によってはデリバリーヘルスでも、ラブホテルへのデリバリーを認めていないところ。

またプレイ内容にNG項目があるところなど、ルールはお店ごとに異なります。

自分がもっとも遊びやすいお店をみつけて、

そこで長く楽しむのが良いのではないかと私は思います。

当初は仕組みや料金形態がわからず、困惑することもあるかもしれませんが、
徐々に慣れていくはずです。

2012年12月27日
by fukushimaff
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行く店を決めるときのこと

このブログで福島の風俗について考え始めて随分長い時間がたちました。

今年の5月から書き始めたので、もう8ヶ月が経過したのですね。

あっという間のような。とっても長かったような。

まずは歴史について紹介し、折にふれて文化にも言及してきたように思います。

そこから、福島といえば外すことができないトピックとして、あの大地震についても、考察などといったものを書かせていただきました。

風俗を中心に取り扱ったブログとしては、いささか固い文章で書いてきたわけですが、このような楽しみ方をしている風俗ファンもいるんだというある種の、既存勢力へのアンチ・テーゼと考えていただければ幸いです。

さて、今回からは少しだけ、とはいえほんのすこしだけですが、趣旨を変え、実際に風俗で今遊ぶときに思っていることなどを、つらつらと書いていこうかなと思っています。

今回はその第一回目として、お店の選び方なんかを書いてみようかなと考えています。

お店を探す方法というのも多様化してきている現代です。

いわゆる風俗街というところに赴いてから考えるという旧来のやり方以外にも、インターネットで数々のお店が網羅的に掲載されているものを利用して、新しいお店を知るという方法。

斡旋所なども、年々ますます工夫が施されています。

風俗を楽しむときに、どのお店に所属している女の子を選ぶかということは得てして重要です。

それは自分自身が良い思いをするためというだけではなく、風俗で働く女の子がより良い環境で仕事をすることができるようにとったことにも関係してくるのです。

ぜひきちんと優良店を見定めて、お店選びをするように心がけてください。

あなたの選択ひとつで、福島の風俗の行く末が決まってくるのですから。

2012年11月29日
by fukushimaff
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復興

さて、地震の影響ですっかり、うきゃうきゃした記事を書いていないわけだが。

福島の風俗街がなくなってしまったわけではない。

むしろ、震災の影響でお客さんが増えた街や店もあるのだ。

遊んでもらうことも支援だよ!との前向きな女の子たちの声もあり、特にキャバクラなどの水商売は元気を取り戻している。

また、復興のために訪れているボランティアや、建設作業員、自衛隊員などのお客さんが訪れているようで、
仕事が無いと、一度は東京に出ていった女の子が帰ってきているという現実もある。

また震災後は、福島県民が、「福島から来たというだけで、露骨に嫌な顔をされる。」といった風評被害があり、
福島の中でお酒を飲んだり、キャバクラに行ったりと、福島内の需要があった。

これに関しては決してよいことではないのだが、
もうひとつ震災に関して悲しい話がある。

それは、震災の影響で、仕事を失ってしまった女性を対象に、悪質な風俗のおしごとを斡旋している業者があるということ。

本来の風俗の女の子のバック率とは比べ物にならない天引きをして、弱みに付け込んでいる人がいるのだ。

「すこしでもお金を稼がないといけないから。」

震災という大きな被害をうけた福島の女性が、
さらなる悲劇にまきこまれないためにも、
この場所で、事実を書いておこうと思う。

2012年11月13日
by fukushimaff
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福島風俗事情

地震の影響を受けて、閑散としていた福島県の風俗街。

その影響は2年目を迎えようとしている今も尚、影を落としていると言わざるをえない。

津波に寄る被害の復興もままならないことに加え、福島県では、更に大きな問題にも頭を抱えている。
それは、原子力発電所の崩壊により放射能汚染。

原子力発電所による、放射能の影響ははかりかねるものがあり、
国もまた手探りとも言わざるをえない状態で、
復興に向けての指揮を進めているように見える。

大地震からの復興というと、神戸の街の復興を思い出す。
西日本の中でも、経済の中心地にほど近く、
また関西の文化の中心を担う神戸の街ですら、
大震災からの復興には時間がかかった。

神戸と比較して、福島県はどうなのだろうか。
たしかに、阪神淡路大震災の時点から比べ、復興のために必要な技術力は向上しただろう。
また、神戸の経験を活かした復興政策も検討されている。

だが、

だが、福島県には、放射能汚染という問題がある。

福島県の中でも地震の被害の少なかった地域では、
風俗店も営業を再開している。

お店で働く女の子も、生きるために必死だ。

だけど、客足は遠のくばかりである。

福島県に訪れる観光客の数が減った。
風俗店に訪れる、観光客が同時に減少した。

福島県に住人も減りつつある。

これからの福島県の風俗街は、どのような進路をとるのだろうか。

引き続き、注目していきたいと思う。

そして、どうか
どうか

幸せな結末を

祈るばかりである。

2012年8月6日
by fukushimaff
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福島の女の子

2011年の3月に起きた東日本大震災は、記憶に新しい。この大地震の影響で、沢山のことが影響を受けてしまった。原発の被害受けて、福島県の風俗街は閑散としています。

福島県で働いていた女の子たちは、群馬県や栃木県、そして茨城県に出稼ぎに行っているのだとか。未経験の女の子も増えているというのだから驚きですよね。東京から電車で1時間ほどでつく北関東エリアは、知る人ぞ知るセクキャバの聖地なのです。

やはりこの大地震で失ったのものが大きいのは紛れもない事実です。福島県にかんしては、まだ自宅に戻れない人たちが沢山います。しかし出稼ぎに行って働く彼女たちの強さをみていたら、こんなことでは負けていられないという気持ちになります。

我々男子は早く日本が元気になるようにと、風俗でもっといっぱいお金をおとすべきなのかもしれませんね。

2012年5月18日
by fukushimaff
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瀬上

瀬上は福島駅から阿武隈急行線に乗り換えて3つ目の駅のところです。

瀬上はかつて宿場町でした。

宿場町だったところは旅人を宿泊させる宿場がおかれたのですがそのような宿場には旅人を接客する飯炊き女がおかれていました。飯炊き女は普通の接客するだけではなくお上の目を盗んで性的な接客もしていたことがありました。そのような土地には遊郭も形成されるようなことが多かったのでしょう。

この瀬上にも瀬上町遊郭ができ、6軒の貸座敷と45名の娼妓がいたという記録が残っています。立派な遊郭の建物が今も残っているのですが特に有名なのが花月楼の建物ですね。

 

石倉造りの建物が特徴的で女性たちに衣装を揃えて歌を歌ったりはやし踊らせていたそうです。

 

瀬上駅の近くにある青柳神社もとてもおもしろいものです。

この神社のほこらでは女陰の形と男根型の木製の像がまつられています。

このようなものも遊郭跡の名残として考えていいでしょう。

 

2012年5月18日
by fukushimaff
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いわき

いわき市にもかつては遊郭があったそうです。その遊郭は五色町遊郭と呼ばれていました。

遊郭は明治の初期にこのあたりに点在していたようですが明治40年になって五所町に移転してきて合併したそうです。そして吉原の遊郭を真似して大門まで建てられました。お客さんを大門で遊女たちが見送るのが浜通りでよく見られる名物だったそうです。

 

遊郭があったと思われる東側には鎌田橋がありますがそのため五色町遊郭は鎌田橋とも呼ばれていたそうです。

 

遊郭があった場所によく見られる特徴としては銭湯がありますがこの五色町遊郭にも銭湯があります。建物自体は古いものではないのですがもしかしたら近年改装したものなのかもしれませんね。

入り口のところには材木がたくさんつまれています。

この材木は周囲から集められているもののようで材木以外は持ち込んではいけませんという看板が建てられています。

 

いわきは福島の大きな街の一つということもあって駅前は繁華街として賑わっています。

飲食店もありますが風俗のお店も集中しています。福島は全体的にピンサロのお店が多いのかいわきもピンサロの看板が目立ちます。

2012年5月18日
by fukushimaff
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三春

福島県田村郡の三春にはかつて競り場があったり遊郭があったりと歓楽街であったようです。現在では何の変哲もない山の中の田舎町なのでまったく歓楽街というイメージはないといってもいいでしょう。しかし三春の弓町の遊郭跡にはかつての新地の雰囲気が今も残っています。

廃屋になっている建物も多く劣化が激しいのですが昔の面影を伺うことができます。格子状になっている窓のところや二階部分の手すりなど典型的な遊郭建築なども残っています。

この建物の内部も遊郭の雰囲気が漂っているとても貴重な文化財です。ステンドグラスのような飾り窓があったり独特な装飾がされています。

 

また、遊郭建築というとタイル張りの装飾が特徴的です。

これは昭和初期に大阪府議会が遊郭のトイレと消毒所にタイル貼りをすることというお触れを出したのがはじまりです。これをきっかけにして瞬く間に遊郭ではタイルが広まりました。

 

弓町からしばらく歩いて大きな桜の木があるあたりは化粧坂と言われるところでいかにも遊女を思わせる地名ですよね。

このあたりには庚申坂の遊郭があったそうです。

岩城街道の入口となったあたりなので遊郭が設置されたことも納得ができます。

庚申坂の遊郭は明治29年に新町の弓町に移転されます。そこでは新地と呼ばれるようになったのですが庚申坂という名前も根付いていたために場所を移っても庚申坂という呼び名で呼ばれていたそうです。

元々の庚申坂はそのため古庚申坂と呼ばれるようになったそうです。

 

2012年5月18日
by fukushimaff
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炭鉱の町

湯本駅のすぐ近くにいわき市石炭化石館があります。

炭鉱の町としてさかえたいわきの歴史を勉強することができる施設です。

 

地下一階には当時の坑道を再現したものがあります。人形が使われていたりします。女性もこの作業に参加していたそうですが裸で作業していたというのはとてもびっくりしますね。

 

また、湯本駅からはかなり離れたところですが常磐ハワイアンセンターがあります。

この施設は昭和36年に常盤炭鉱の社長によって作られたものです。

炭鉱を掘るときに湧いて出てきた温泉は炭鉱にとってはとても困ったもので費用を投じて坑内から汲み出して川に捨てていました。

しかし昭和30年代に入るとエネルギー革命が起こり、石炭は不要なものとなりました。事業について困っていたところ千葉にオープンした船橋ヘルスセンターについて知ります。当時注目を集めていた船橋ヘルスセンターに刺激され常盤でも娯楽施設を作ることになったのです。

無名の温泉施設にお客さんを集めるには何か呼び物となるものが必要だと考えてフラダンスやタヒチアンショーを行うことを考えたのです。

温泉宿と言ったら女の人の接待が思い浮かびますが売春防止法も施工されてからのことだったのでそれは避けなくてはいけなかったのです。

そのため女性がセクシーな衣装でダンスするフラダンスを思いついたのでしょう。

 

この話にも続いて作られたフラガールという映画もとても話題になって大ヒットとなったのでこの常磐ハワイアンセンターも注目を集めました。

フラガールのヒットを記念して作られた展示会場もあります。

ここでは常磐ハワイアンセンターの歴史がとてもよく紹介されています。

苦肉の策だったフラダンスは当時は奇異の目で見られました。女たちとしても恥ずかしさがあったことでしょう。しかし生き抜くためには必要なことだったのです。

 

踊り子さんたちは現在もセクシーな衣装でフラダンスのショーを見せてくれます。

ストリップ劇場はどこも潰れてしまっていますがここのダンスは今でもみることができます。

 

現在はスパリゾートハワイアンズとして一大レジャー施設となっています。炭鉱のバブルが終わってからの転身としてまたとないものでしょう。

 

2012年5月18日
by fukushimaff
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いわき市

いわき市の湯本にはその名の通り温泉街が広がっています。

炭鉱の町ということでも知られていますよね。特に戦後の朝鮮特需の時代には空前の好景気だったそうです。

湯本は炭鉱地帯の中心地でこの景気の良い時代にはとても賑わいを見せていました。

温泉の芸者さんもとても多く、一時は300人以上いたと言われています。

 

温泉街には今も旅館以外にスナックがあったり古い建物が残っていたりと花街の雰囲気が漂っています。

 

温泉街には旧映画館の三凾座があります。この建物は保存建築に指定されているものです。

通りからは建物がみえることがありませんが細い路地を進んでいくと徐々に姿を表します。とても独特な建物は映画館とは思えないかもしれませんね。

 

味わい深い建物で再利用のことも検討されています。切符売り場のところが鮮やかなタイル貼りの装飾がされているのがとても特徴的ですね。

 

また、温泉街にはいわきミュージックという名前のストリップ劇場があります。ライブハウスと冠されていますがそれにはまったくそぐわない純和風の建物が使われています。かつては別の用途で使われていた建物をストリップ劇場として最利用したものなのかもしれませんね。

 

現在はストリップ劇場としては利用されていないようでレンタルスペースかなにかとして利用されているようですがいかがわし雰囲気は残されているようです。